「ハセツネ参戦記」

〜第17回ハセツネCUP 「日本山岳耐久レース」(2009年10月11・12日)に参加して〜

明走会トレイルランニング部 天道猛


【プロローグ〜葛藤の夏】
話は今年の4月に遡る。
今年4月、ハセツネCUPの前哨戦に位置づけられるハセツネ30k。 すべてはそこで完走したことから始まった。
完走者はハセツネCUPに無条件でエントリーできるという‘ありがた迷惑’な特典。
「当然走るでしょ!」という周囲のムードに流されるまま、とりあえずエントリーはしたものの半信半疑のまま初夏〜夏を過ごした。 秋のハセツネのことを考えると、ずっと気が重かった。

8月に夜間走行練習、昼間の試走会と2度コースを走った。
それにつれ、徐々に覚悟が定まり、シューズ、ライトなど装備もためらいつつ買い揃えた。
最後にストックも要るか、と思い切って買い、気がつけばかなりの額をつぎ込んでいた。
いよいよ後には引けなくなった。
そうこうするうち10月に入り、ハセツネウィークを迎えた。
レース5日前からは、サロマ湖ウルトラマラソン前でもしなかった禁酒まで断行して、レースに臨んだ。
レースに向け、自分でやれることはすべてやった。

【二日越しの奮戦】
●10月11日
午前2時半起床。
ストレッチ〜朝食後、大荷物を背中に背負って家を出る。 ⇒水は3L、食料はおにぎり昼用2ヶ、夜用4ヶ。他、携帯食防水・防寒衣etc。背負って走る分だけでもかなりの重量。

8時武蔵五日市到着。
会場の小学校・体育館で場所取り。
前泊した東山隊長が先着、すでにブルーシートを敷いて陣取っていた。10時受付後、持ち込んだシュラフにくるまって、しばし仮眠。
持参のおにぎりで早めの昼食を済ませ、12時半スタート位置に集合。
                              


ためらうことなく、目標「16時間」のプラカードの後ろに並ぶ。

午後1時いよいよスタート。かなり後方からのスタート。 一般道から登山道の取っ付きで早くも大渋滞。 入山峠でも行列。伊藤さん、松本さんや顔見知りに何人も会う。
このあたりから第一関門までが、実はハセツネで最もキツイ区間(曽根‘ハセツネマスター’コメント) 。⇒「ここがいちばんキツイ」というのだけを支えに走る。
「アー、今ハセツネ走ってるんだなー」「キツイけど、走れるのは幸せなこと」と妙にシミジミくる。

日も暮れ、7時に第一関門・浅間峠に到着。
ここまでで、フルマラソン1本分走り終えたくらい、既に消耗し切っていた。
⇒「まだこの先50km近くある」と思うと、ゼツボウ感に襲われる。

  (ここで一句): 行き行きてなおはるかなり山路かな

第一関門から先、ストックが使える。
今回ストックにはずいぶん助けられた。
両手がふさがり、ハンドライトはお役御免。ついに出番なし。

第一関門で休憩〜気を取り直し、コース最高峰の三頭山をめざす。
睡魔との戦いを覚悟していたが、疲労の極でも山の冷気に目が醒める。
〜このあたりで、ついに日付が変わる。


●10月12日
日付が変わり、三頭山を下り、午前2時頃、第二関門・月夜見にたどり着く。
ここは駐車場なので、リタイア収容車が控えているのがいやでも目に入る。

かなりグラッときたところで、近くにいたオバチャンランナーが「ここまで来て、リタイアしたらもったいないわよネー」と元気よく声高にしゃべっているのを聞き、我に返りリタイアの誘惑を振り切る。

水1.5Lを補給して、再び走り出したところで、家から消息を気遣うメールが着信。
山中といえどもここは東京近郊、「圏外」ではない。
「元気に走っている。もう後半」と返信。 本当はヘロヘロだったけど・・・・・
⇒ネットで、ゼッケンか名前で、関門抜けたタイムが速報されていたようで、これを教えておくのだったと後から悔やむ。 来年はしっかり教えて出走しよう!(って来年もすっかり出る気‥)

御前山を経て、大ダワに着いたのが5時。
ついに夜がしらじら明ける。

(疲れても一句): フィニッシュはなお先ならん明けの空

⇒ここからフィニッシュまで、以前試走した際は4時間。2時間よけいにかかったとしても11時。倍としても1時の制限時間内にゴールできる、と疲れきった頭の中で計算。
初めて完走を具体的にイメージできた瞬間!

大岳の前後の鎖場を過ぎれば難所、危険箇所はもうない。
鎖場手前で渋谷さんが後方から追いついてきて、しばし並走後、先行した。
そこから第三関門・御岳への到着が8時。
ここまで来たら、ゴールしたも同然。
山門前の宿屋街で宿泊客らから声援を受け、気が弱っているせいか、目頭が熱くなる。


最後の一山、日の出山にたどり着いたのが8時半過ぎ。
夜間走行練習で、ここからフィニッシュまで1時間半だった。
⇒今回コースの2/3は試走していたおかげで、実際に走った時間や走った感触がそこここに‘埋まって’いて、それを掘り起こしたおかげで勘所ではココロが折れなかった。
やはり試走はしておくものと、改めて思った。

朝を迎えてついに脳がボンヤリ。幻覚のように、草木の繁みが人の顔や動物、さまざまな物に見えてくる。 最後の気力を振り絞りダラダラ下山を続け、午前10時25分5秒、ついにフィニッシュ。

21時間25分の戦いは終わった。

【戦いすんで‥】

ハセツネでの、新しい発見、気づきーー
サロマの翌日は階段を下りるのも往生したが、ハセツネ翌日は軽くジョグできた。
翌々日の朝はもう完全復調で、ダメージはサロマより格段に軽かった。
レースの最中〜フィニッシュ直後は、サロマの倍以上キツイと思っていたのに。 思うに、舗装路を超長距離走るのと、山道を長距離走るのとでは、残るダメージがかなり違うのだろう。

最後にーー
今回、無念のDNF〜リタイアとなった、佐藤(ヒデボー)さん、白井さん、網井さん。
出走の可能性をぎりぎりまで模索しながら怪我に泣きついに断念した、加藤さん。
皆さんを代表してヒデボーのコメント
「今回のハセツネは本当に心折れました。完全な準備不足とハセツネへの思いが本当に小さかったからだと思います。でもその分いろいろなことを学びました。何だかんだ言ってもレースから学ぶものは沢山あるものです。今年と違って来年はしっかり準備をして臨もうと思います。」

アドベンチャーグリーンとして、永年蓄積したノウハウを惜しげもなく提供していただいた‘ハセツネマスター’曽根さん。
試走会を企画〜リーダーを務めていただいた‘大先達’伊藤さん。
お二方のおかげで、初参戦にもかかわらず、1〜2回完走したくらいの経験知を身につけて臨むことができ、どうにか完走(完歩)しました。
また、常に叱咤激励し、試走会で御前山二度登り特訓を課してくれたおかげで、本番の御前山で「エ?もう頂上?」と思わせていただいた東山隊長。
未知のハセツネへの恐怖感を、先輩フィニッシャーとしてホンワカ和らげてくれた松本さん。
他、皆さんに、心より敬意と謝意を表します。

=完=
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