<概要>
今回は、片岡さんが、東国と西国を結ぶ歴史ある「多摩 よこやまの道」を中心に春の里山や梅、桃、温泉、美酒を楽しめる盛り沢山マラニックコースをプロデュース。
「ここにみんなを連れてきたら喜ぶだろうな」という片岡さんの思いを感じるコースを、春らしい陽気に恵まれた中、総勢15人のメンバーで満喫しました。

■ 開催日:2010年3月13日(土)
■ 天候:晴れ
■ 距離:21km(トレイル率20%)
■ コースタイム
10:30集合→11:00小田急多摩線 栗平駅→川崎・町田市境稜線→若葉台駅→多摩 よこやまの道→小田山緑地→14:40唐木田駅→電車→栗平駅→徒歩→15:10くりひら温泉→16:20送迎バス→17:00 新百合丘にて懇親会

■ 備考
・荷物は、栗平駅ロッカーに預ける(10個あり)
・昼食は、一本杉公園先のコンビニ横の公園
・トイレは、川崎市青少年野外活動センター、一本杉公園、小田山緑地の3か所にあり

■ 所要時間:約3時間(走行時間)温泉、懇親会は除く

■ 参加者:合計15名
リーダー 片岡  
サブリーダー 村嶋
男性・・東山・江川・根岸・小形・伊藤(文)・松崎・片岡
女性・・木立・河井・岡崎・中山・清水・八木・亀掛川・村嶋

<感想>
多摩丘陵一帯には、昔は田園風景が広がっていたといいますが、今回のコースは住宅街の合間に残るその名残の里山を存分に楽しめるコースでした。
古来より残る「よこやまの道」は、林や遊歩道、公園、舗装道路などバラエティーに富んだコースとなっており急な坂道、じわじわと登る坂道など坂道も多くトレランの練習にも最適。途中には桃や梅など春の花々が所々に咲いており、歴史ロマンと春の到来を同時に感じることができました。

また、片岡さんが散策中に偶然見つけたという山間に広がる梅林は丁度満開。この時期しか見られないであろう天女が降りてきそうな幻想的な風景を、みんなでしみじみと味わい「来てよかったね~」と喜び合いました。

ランの間は、片岡リーダーが常に先頭に立ちみんなをリード。遅れた人は、伊藤さんがしんがりでしっかりサポート。初めての練習会参加の人達も大安心の中で、みんなでワイワイとおしゃべりをしながら、時には助け合いながら(助けてもらったのは、ほとんど私ですが)最後までけが人も脱落者もなく、ゴールすることができました。

汗と塩でドロドロになった後は、栗平駅から歩いて10分の「くりひら温泉」へ。真黒な天然湯の露天やつぼの湯、電気風呂、ジェット風呂などバラエティーに富んだ温泉をゆっくりと満喫し、
送迎バスで新百合駅へ。駅に直結したショッピングビルにある居酒屋「千年の宴」の一卓を11人で囲み、冷たいビールや八木さんが作ってくれる美味しい焼酎のお湯割りを楽しみながら、今日1日のことやそれぞれが感じたことなどを楽しく語り合いました。

今回は、片岡さんがよく来られる練習コースを「20キロ以上」「走った後のお風呂」「懇親会」
とい条件をクリアする様にアレンジして下さったもの。様々な見所を含みつつ荷物の預け場所やコンビニ、トイレ、など細かな所まで配慮がされたコース設定は、本当に有り難いものでした。
今回の片岡さんのコース組を参考にしながら、それぞれが自分のお気に入りの練習コースを多くの人達で一緒に走れるものにアレンジしあい、みんなで楽しく練習できるコースがどんどん増えていけばいいなと思います。

実は、私も今回が初めてのトレラン部練習会の参加でしたが、参加者のみなさんの常に周囲の人に気を配る気遣いのお陰もあり、本当に気持ち良く、楽しく1日を過ごすことができました。
リーダー片岡さんをはじめとする、参加者の皆様に心から感謝しています。ありがとうございました!

<参考>
○多摩 よこやまの道とは○<多摩市ホームぺージより抜粋>
■横たわる美しき尾根のシルエット
 多摩丘陵は武蔵の国府(府中)から眺めると横に長く連なる山々でした。
 夕暮れ時にシルエットとして浮かぶその美しい姿は、万葉時代の人々から「多摩の横山」、「
 眉引き山」などとも呼ばれていました。

■はるかな都へ「横山の尾根道」
多摩丘陵の尾根道に当るこの道を「多摩よこやまの道」と名付け、散策路として整備しました。この尾根道は古代より武蔵野と相模野の双方を眺められる高台として、また西国と東国を結ぶ交通の要衝として活用されてきました。
この東西に伸びる尾根筋には鎌倉古道(古街道)が南北に交差し、その痕跡が各所に残され、また様々な伝説等も語り継がれています。
古代~中世~江戸時代に渡って政治、軍事、文化、産業、社寺参詣などを目的として、東国西国間の交易を行う商人や武士団、諸国霊場を行脚する巡礼者や都の貴人・官人、また幕末には新選組ゆかりの人々も行き来したと推測され、歴史とロマンを感じることの出来る道です。

■万葉のロマン 防人・見返りの峠道
万葉集では望郷や別れを惜しむ道筋として「多摩の横山」が詠われています。古代、国防警備の目的で北九州に配置された防人という兵士たちは東国から陸路で都へ、さらに難波津(現在の大阪府の海岸)から船で瀬戸内海を通り九州へ向かいました。再び生きては戻れない覚悟の彼らが、この「多摩よこやまの道」の尾根で故郷を振り返りながら、家族との別れを惜しんだ姿が浮かんできます。

■多摩丘陵~里山の自然
「多摩よこやまの道」の尾根道は暮らしの道でもありました。農林業が生活の中心だった時代には、多摩丘陵一帯に田園風景が広がっていました。「多摩よこやまの道」には多摩の農村風景が所々に残されています。多摩丘陵の南側(町田市、川崎市)、北側(多摩市、八王子市)の両岸を眺めながら、尾根沿いに残された里山ともふれあえる道です。


村嶋あさ子(文責)

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